パスカリの島
PASCALI’S ISLAND
謎は、ビザンチンに甦る━
1989年2月11日-1989年3月3日
エーゲ海に浮かぶ小さな島━ その美しい港に一艘の帆舟が着く。
この船が、そして降り立つ一人の旅人が自分の人生を180度変えようとは
悲しきスパイ、パスカリには知るよしもなかった。
「危険な情事」の脚色を手掛けたジェームス・ディアダンが再び放つ
ミステリアスにして壮大なドラマが今、その神秘な姿をさらそうとしている。
<パスカリを解く鍵> 文化史家・宮城学院女子大学教授 矢島文夫
推理小説のファンである私は、考えさせられる映画が好きです。そして今回観たジェームス・ディアダン監督による『パスカリの島』はなかなか深い味わいのある映画でした。
私の好きなもう一本の映画『薔薇の名前』の舞台は、中世のいtの頃かの、ヨーロッパのどこかの修道院、でよかったのですが、今度の映画では、時代は1908年と限定され、場所も地中海のある島(現実にはロードス島の遺跡が見えました)と、かなり限定されています。主役のトルコ人パスカリ(名優ベン・キングスレー)、イギリス人考古学者ボウルス(チャールズ・ダンス)、オーストリアから来た女流画家リディア(ヘレン・ミレン)の好演技で、あまり時代的背景を気にしなくても十分に楽しめる映画ですが、その時代的背景は、主人公パスカリの心理的葛藤を解く鍵でもあります。
1908年というと、600年以上続いたオスマン・トルコ帝国(1299~1922、これは覚えやすい数字です)の末期、パスカリはこの帝国に若い頃から奉仕して来た忠実な小役人(周辺に住んでいてイスタンブール本庁に情報を送る密偵)ということになっています。オスマン・トルコ皇帝(サルタン)は、イスラム教徒の長であるカリフを兼ね、15、16世紀の頃には、盛大な力を誇っていました。トルコ人はもとは中央アジアから進出して来た人たちですが、小アジアを中心に、その勢力は地中海沿岸の各地に及んでいました。そして本映画の舞台であるエーゲ海地域では、ここに早くから住んでいたギリシア人と烈しく衝突し、力づくでその抵抗を抑えつけることもしばしばでした。しかし、17、18世紀になると、ヨーロッパ人が優勢となり、オスマン・トルコ帝国の勢力は衰退の一路を辿ります。
1908年の頃の皇帝(サルタン)はアブドゥル・ハミト二世で、強欲な部下の太守(パシャ)、情け容赦のない軍隊と密偵たちを使って、反対勢力を取り締まりましたが、ギリシア人の抵抗、ヨーロッパ諸勢力の侵入がますます烈しくなり、帝国は崩壊寸前でした。
ギリシア人といえば、古代(紀元前5世紀前後)にエーゲ海地域で文明を開化させた人たちであり、多くの遺跡とすばらしい美術品を残し、未発見のものもまだ多いと思われます。これを狙った考古学者(ただし多少怪しげな)が本映画には登場しますし、キリスト教、ギリシア正教の祭りのシーンも出てきます。他方、トルコ人はイスラム教徒であり、その対立は今日でも多少ともつづいています。
帝国政府に忠誠を守りつつも、それを無視され、報われることのなかった主人公パスカリに、国家や組織や会社のために献身的に働きながら、報われることの少ない現代の個人の姿を見ることができそうです。
加齢なる映像から生まれる緊迫の時間
監督は、全米や日本で、空前の大ヒットとなった『危険な情事』の脚色を手掛けた俊英、ジェームス・ディアダン。この作品で’87年アカデミー賞最優秀脚色賞にノミネートされたが、監督としての彼も、これまでの多くの映画賞を受賞ている。’78年ベルリン映画祭での銀熊賞、’80シカゴ映画祭での貢献賞、短篇ドラマ部門での金賞、そして’84年には『コールド・ルーム』でアボリアッツ映画祭の審査員賞を受賞、監督と脚色の両方の才能をあわせ持つ彼の作品が、これからも世界の注視の的となることはまず間違いない。
主演のパスカリを演じるのはベン・キングスレー。『ガンジー』でアカデミー賞主演男優賞の輝き、舞台役者として培った演技力を実証した名優だ。そして再び『パスカリの島』で、’88アカデミー賞の最有力候補として名を連ねている。
他にもボウルス役に『グッドモーニング・バビロン!』『プレンティ』のチャールズ・ダンス、そしてリディア役に『ホワイト・ナイツ』『モスキート・コート』のヘレン・ミレンと、いずれも実力派の俳優たちが顔を揃え、力強い深みのある作品を完成させた。
製作:エリック・フェルナー
監督+脚本:ジェームス・ディアダン
原作:バリー・アンスワース
撮影:ロジャー・ディーキンズ
衣装:パム・タイト
美術:アンドリュー・モロ
音楽:ローク・ドュカー
キャスト:ベン・キングスレー/チャールズ・ダンス/ヘレン・ミレン/ナディム・サウラ/ステファン・グリフ/ジョージ・マーセル
1988年/103分/イギリス/カラー
原語:英語
協力:Toshiba Video software.inc
配給:デラ・コーポレーション