CINEMA RISE

1994年9月23日-1994年10月28日

あの『逆噴射家族』から10年、伝説の石井ムービーが還ってきた

◆石井聰亙が還ってきた。彼自身、そして観客が待ち望んでいた新作『エンジェル・ダスト』。1984年『逆噴射家族』以来、実に10年ぶりの劇場用長編映画になる。一昨年の秋から具体化したこの脚本を共同で練りあげたのは劇団“ブリキの自発団”を主宰する生田萬。石井の持ち味である硬質さと生田のどこか温もりを感じさせる作風が溶け合って、日本版『羊たちの沈黙』とでもいうべき密度の濃いストーリーが生まれた。
◆大都市、東京。群衆の中でおこる、若い女性ばかりを狙った連続殺人事件。解決のため起用されたのは美人警察官。事件の鍵を握るのは新興宗教に走った人間を荒っぽい心理療法でひきもどすことを仕事にしている逆（再？）洗脳師。ひたりはかつて同じ研究室に籍をおいた恋人同士でもあった。精神分析、デプログラミング、マインド・コントロールなどを核として物語は展開するが、昨年あたりからのワイドショーを賑わせた題材を後追いするようなものではない。自分以外の何者かにコントロールされる脳というのは今までの石井作品にもしばしばみうけられるイメージ。今回はそれをラブ・ストーリーにからめ、期待を裏切らない疾走感と、より柔軟になった語り口で映像化した。
◆ヒロインの異常犯罪性格分析官、須磨節子を演じるのは南果歩。『伽梛子のために』で主演に抜擢されて以来、多方面でその魅力を開花させてきた。その夫トモオには『12人の優しい日本人』『きらきらひかる』『や、ＴＶドラマなどで独特の存在感が注目されている豊川悦司。逆洗脳士、阿久礼役には寺山修司主宰「天井桟敷」の看板役者、若松武。阿久の患者、ゆうきは昨年『青春デンデケデケデケ』でデビューした滝沢涼子が熱演する。刑事には『病院で死ぬこと』の演技が記憶に新しい塩野谷正幸と、ニューヨークで修行を積んだユキオヤマト、その上司にトランペット奏者近藤等則、精神分析医には数学者、秋山仁という異色キャスト。
◆この作品のもうひとりの主人公は「東京」だ。まるで深海のように息苦しいこの大都市への愛憎を描きたい─それは石井の長い間の課題でもあった。昨年撮った短編のタイトルも『ＴＯＫＹＯ ＢＬＯＯＤ』だったように。その時も、そして今回も制約が多く絵になりにくいこの街を実に魅力的にとらえてみせたのは、撮影の笠松則通。石井作品とは『狂い咲きサンダーロード』（80）からのつきあい。サスペンスの緩急を彩る、街のため息や月の鼓動のような音は東京ダウザーの長嶌寛幸。テーマ曲「ふたりのシーズン／TIME OB THE SEASON」は60年代に次々とヒット曲を生み出したイギリス出身のゾンビーズの通産13枚目のシングル。68年4月、全米で3位にまでなっている。
◆『エンジェル・ダスト』は過剰な情報と物質に囲まれて、何が自分の本当の思考なのかを見極めにくくなった現代を呼吸している。愛情もまた、抱擁や優しい言葉のやりとりではなく「うつる」ほどに強い感情として存在する。脳に「移る」、あるいは身体に「伝染る」。そこに“今”の愛の姿が「映って」いるサイキック・ラブストーリー、それが『エンジェル・ダスト』なのだ。ちなみにタイトルとなった“エンジェル・ダスト”とは象の麻酔薬としても使われている世界最強のドラックの名。その名のとおり、この映画はこまかい塵となってきっと観る者にも「うつる」はずだ。

世紀末へ突っ走る人間たちの、
サイキック・ラブストーリー
東京という大都会におこる謎の連続殺人事件。事件解決に起用される女性、異常犯罪性格分析官、須磨節子。事件を調べるうちに、鍵となる重要人物が浮かび上がる。精神科医の阿久礼。節子は彼と同じ大学の精神医学研究室で学び、激しい恋に落ちた過去がある。鋭すぎる頭脳とその孤高の哲学者のために、アカデミックな世界から追放された阿久。節子と阿久は捜査官と容疑者という運命的な再会を果たす。阿久による高度なマインド・コントロールと精神分析。捜査の中で生まれる強烈な精神的葛藤。その過程で、節子のなかで何かが壊れ、新しい何かが芽生える・・・。

監督：石井聰亙
脚本：生田萬／石井聰亙
撮影：笠松則通
照明：水野憲一
美術：丸尾知行
プロデューサー：真木太郎／泉英次／堀越謙三

キャスト：南　果歩／若松　武／豊川悦司／滝沢恭子／塩野谷正幸／近藤等則
ユキオヤマト／秋山　仁／田口トモロヲ

1994年／日本／カラー／110分／ヨーロッパヴィスタ
原語：日本語
英語字幕翻訳家：天野じゅねっと

アミューズビデオ+ツインズ+ユーロスペース提携作品
配給：ユーロスペース