星影のワルツ
頼みたい事があるんだが
海へ連れていってくれないか
2007年4月21日-2007年4月27日シネマライズ/レイトショー
2007年4月28日-2007年6月1日ライズエックス
写真集「Takuji」からもう一つの「琢次」へ。
写真家・若木信吾による第一回監督作品
私的な想い出が映画になり、心の奥にしまってあった大切な感情が
他者の心の中で生き始めることの不思議さ。
若木信吾が99年に発表した写真集「Takuji」は、2004年に他界した彼の祖父、琢次さんを被写体として撮影された家族の想い出のスナップ写真のようなスタイルで作られている。そこにはおよそ20年間に渡り、孫から祖父を見つめ続けた温かな視線劇がタイムカプセルのように封印されている。そして今、その映像は、琢次さんを演じる俳優、上方漫才の巨匠、喜味こいしを得て、『星影のワルツ』という一本の映画として動き始めた。
若木信吾にとって初めての長編映画『星影のワルツ』のなかに脈打っている瑞々しい感動は、過去の記憶の中から抽出されたごくパーソナルな事柄がどうしてこんなにも他者の胸をかき乱し、涙さえ流させるのだろう、という素朴な疑問とつねに隣り合わせにある。ともするとドキュメンタリーと見紛う淡々とした演出のなかに息づいているのはまさに「本物の感情」であり、ドキュメンタリー以上にリアルで切ない。何度も目頭が熱くなる。そして我慢していた涙があふれてしまう瞬間、この作品は他のどんな虚構よりも雄弁であると痛感する。
浜松の実家に帰省している主人公の青年は、もちろん若木信吾自身がモデルだ。彼はパチリ、パチリと、祖父・琢次のスナップをさりげなくコンパクト・カメラに収める。階上の祖父の部屋に上がっていくと、琢次は孫を温かく迎えながらも、拙い二人の会話が途切れるとすぐに放っておいて欲しそうに「風呂にでも入れ」と、孫を追い返す。万年床から両足を延ばして蛍光灯のスイッチの紐を引くようなずぼらな仕草さえも深い味わいを醸し出す喜味こいしの演技が、もう一人の虚構の“琢次”を肉付けしていく。今年80歳になる喜味こいしの存在感が映画を輝かせている。彼の顔に刻まれた深い皺、老人の物腰の一つ一つに、演じられた“琢次”と、彼自身の人生の年輪が重なり合っていく。そしてしばしば琢次を訪ねてきて酒を酌み交わしていた実兄が、ある日突然自殺するという事件を皮切りに、物語は美しく切ない一遍のレクイエムへとして収斂していく。琢次が亡き兄へ捧げる曲、それが「星影のワルツ」である。
「ああ、多分ほんとうは若木さんとおじいちゃんは最後に海に行けなかったのかもしれない、と思って私は泣いた。」 ―よしもとばなな
若木信吾/脚本・監督・撮影
1971年静岡県浜松市生まれ。ニューヨーク州ロチェスター工科大学写真科を卒業、第一線の写真家として質の高い作品を発表し続けている。またドキュメンタリー・スタイルマガジン「youngtree press」を創刊、幅広い分野で活躍中。祖父・琢次を撮影した写真集に、「Takuji」(99)、「young tree」(03)がある。その他に「Let’s go for a drive」(97)、「Free for All」(99)、木村拓哉写真集「%」(06)などがある。
監督+脚本:若木信吾
プロデューサー:谷口宏幸
制作:東北新社
製作:ヤングトゥリーフィルムズ
出演:喜味こいし/山口信人/渥美英二/磯部弘康/神崎千賀子/影山宜伸/吉井裕海
2006年/日本/カラー/97分/ビスタサイズ/ステレオ
配給:キネティック